福島地方裁判所 昭和38年(わ)156号 判決 1971年5月25日
本店所在地
福島県伊達郡保原町字大和一〇七番地
商号
株式会社 山崎メリヤス
代表者
代表取締役 山崎利作
本籍
福島県伊達郡保原町字九丁目一四番地
住居
同県 同郡 同町字大和一〇七番地
株式会社山崎メリヤス代表取締役社長
山崎利作
大正九年二月二九日生
上記の者らに対する各法人税法違反被告事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
公判出席検察官 長谷川三千男。
主文
被告人株式会社山崎メリヤスおよび被告人山崎利作はいずれも無罪。
理由
第一本件公訴事実の要旨およびこれに対する被告人側の弁解、および弁護側の主張
本件公訴事実は、
「被告会社は福島県伊達郡保原町字大和一〇七番地に本店を設け、メリヤス製品の製造、販売を営む株式会社であり、被告人山崎利作は右会社の代表取締役としてその業務全般を掌理しているものであるが、被告人山崎は右会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもって、売上脱漏、架空仕入計上等不正な方法により
第一 昭和三四年九月一日より昭和三五年八月三一日までの事業年度において、被告会社の実所得金額が二一〇九万四四一八円(それに対する税額が一七〇万四五六〇円)あったのにかかわらず、昭和三五年一〇月三一日所轄福島税務署長に対し、所得金額が四八二万二八三六円、税額が一七〇万四五六〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって同会社の右事業年度の右実所得金額に対する法人税額と右申告税額との差額六一八万三二一〇円を逋脱し
第二 昭和三五年九月一日より昭和三六年八月三一日までの事業年度において、被告会社の実所得金額が四三八七万六六六五円(それに対する法人税額一六三一万七三八〇円)あったのにかかわらず、昭和三六年一〇月三一日所轄福島税務署長に対し、所得金額が七八〇万六四四五円、税額が二六一万七一〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって同会社の右事業年度の右実質所得金額に対する法人税額と右申告税額との差額一三七〇万六六七〇円を逋脱したものである。」というのである。
(以下被告人株式会社山崎メリヤスを単に被告会社、被告人山崎利作を単に被告人と略称する。)
上記公訴事実に対する被告人側の弁解の要旨は、第三二、第三三、第三四回公判調書中の被告人の各供述部分を総合するとつぎのとおりである。
すなわち、被告人は昭和二四年から福島県伊達郡保原町において被告人の個人企業としてメリヤスセーターの製造販売を始めたが、当時は衣類不足の市況にあったため、被告人の生産品に対する需要も多く、現金売りで利益をあげたほか、昭和二六年から昭和二八年にかけて、かって戦時中軍部の毛布製作のために使用されていた極く格安な短羊毛に目をつけ、これを大量に仕入れて長い毛と混ぜ、通常よりも非常に製造原価の安いセーターの生産に成功し多額の利益をあげ、昭和二八年に青色申告を開始したが、その直前には利益の蓄積によって簿外の棚卸資産が約三〇〇〇万円以上にもなり、公表する機会を逸したままとなっていた。
更に被告人は昭和三三年九月に個人企業から株式会社に組織替するまでの間に従来業界が使用していた横編機械をやめ、それよりも約二〇倍の能率の上る丸編機械をいちはやく導入して大きな利益を上げたが、競争相手である新潟県五泉市の業界関係者も被告人の経営の実態を見習って丸編機械を導入するようになったため、さらに機械を切り替え、バルキーと称する厚物セーターの生産を始めたところ、これが爆発的に人気を博して更に多額の利益をあげるに至った。このようにして、昭和二八年の青色申告開始時には約三〇〇〇万円あった公表外の棚卸資産は、会社設立直前の昭和三三年八月には約六〇〇〇~七〇〇〇万円に増加していた。被告人から被告会社に引継いだ棚卸資産は、個人時代の公表の部分だけで、公表外の部分については正式な引継ぎはなかったが、個人企業から株式会社に組織を替えたとはいっても形式的なものであったので、被告会社が会社として営業を開始するとともに、被告人の個人資産である約六〇〇〇~七〇〇〇万円の公表外棚卸資産は被告会社の棚卸資産と区別されずに会社の製造過程及び販売過程に流れこんでしまったのである(以下これを持込資産と略称する)。そのため被告人は実質的には個人資産である持込資産を価値として何らかの方法で被告会社から回収しようと考え、被告会社の第一期事業年度である昭和三三年度から第三期事業年度である昭和三五年度末に至るまで、売上脱漏、加工賃の水増等の方法により、被告会社から簿外で持込資産にみあう約六〇〇〇万円の所得を浮かして回収し、それを架空名義の預金としたうえ、回収が済んだ分だけ各期末に公表外棚卸資産を公表するという方法をとった。したがって被告人としては被告会社の第二期、第三期に関する本件各訴因について、被告会社の実所得を減じて虚偽の確定申告書を提出したことはないし、また売上脱漏、加工賃の水増等の方法も、持込資産にみあう金額を被告会社から回収するために行ったものであって、法人税を免れる目的をもって行ったものではない。また検察側が主張する、第三期における丸忠商事からの原料糸の架空仕入一五〇二万一二五〇円の件について(これを丸忠問題と略称する。)は、被告人は何らこれに関与していなかったというのである。
また、弁護人の主張は多岐に亘ってはいるが、この判決の結論に関係する部分のみを示せば、持込資産とその回収に関しては被告人の主張、弁解と同旨であり、丸忠問題に関しては、当時の被告会社の専務取締役山崎隆子が丸忠商事から格安な糸を仕入れるに当り、前渡金として約束手形を丸忠側に交付したが、被告人および被告会社の経理担当者である山野辺実に対しては、前渡金として約束手形を振り出すことを秘匿して同女が架空の納品書を丸忠商事から送付させ、現物買受代金支払として約束手形を振出すものと山野辺を誤信せしめてなしたものであり、従って被告人に逋脱の犯意はなかったというのである。
第二検察側の主張
これに対し検察側は、被告人側の主張する持込資産の存在を否定し、被告会社の第一期首、同期末(第二期期首)に公表外の棚卸資産は存在せず、また、被告会社成立後の架空名義の預金(第三期末まで約六〇〇〇万円)は、被告会社の売上除外等の不正行為によって捻出した資金から取り組まれたものであるから当然被告会社に帰属するものとし、これらの前提に立って被告会社の第二期(昭和三四年度)、第三期(昭和三五年度)の逋脱所得を立証しようとした。そして検察側はその集約的な主張である論告要旨において、被告人側において主張するところの持込資産が全く存しないことは、次の各証拠に顕われている諸事実によって裏付けられていると主張する。
(1) 山崎メリヤス(昭和三三年八月三一日まで被告人の個人企業)および被告会社の月別試算表(昭和三三年三月~一二月分但し一〇月分は欠如)(昭和三九年押第一号の一〇〇-以下単に末尾のみの数字により証第何号と記す)に公表外棚卸額の記載のない事実。
すなわち、上記月別試算表(証第一〇〇号)は被告人が、企業の営業状態を正確に把握する目的で経理担当者の山野辺実に作成させたものであり、いかなる粉飾も必要としないものであって、現に同表には秘密預金すらも計上されているのであるから、棚卸資産についても当然正確に真実の数値を記載しているものと認められるのに、そこには公表外棚卸額の記載がない。
(2) 昭和三二年度の山崎メリヤスの企業診断書(証第一〇五号)に持込棚卸額の記載のない事実。
すなわち、福島県は昭和三二年に被告会社の企業診断を行ったが、その際被告会社としては、企業診断の目的から当然正確な資料を提供して診断を受けたものと認められ、現に秘密預金さえも提示しているのであるから、企業の実態の診断に必要な棚卸資産について、実際の正確な数額を提示していることは当然であると認められるのに、そこには持込棚卸額の記載がない。
(3) 被告会社の昭和三二年度(当時被告人個人経営)の一年間の売上高が約一億五〇〇〇万円(企業診断書、証第一〇五号九頁製品売上高)と認められるところ、被告人側が主張するように、被告会社設立時に、被告会社には公表の在庫約二〇〇〇万円のほか、公表外の約七〇〇〇万円の在庫が存在したとするならば、被告会社設立時における回転率は僅か年約一、六回にすぎないという極めて不経済、非効率的なものとなるが、これに反し、在庫を公表の約二〇〇〇万円だけとするならば、回転率は年約七回となり、業界の常識的なものとなるから、この点からみても裏の在庫(持込棚卸資産)が存在しなかったことが明らかである。
(4) 原価率からの検討
仮に被告人の主張を認めると、被告会社の原価率は全国平均中小企業経営指標、および被告会社と同地域で営業する主要四社等の原価率と比較し、極めて低率となるが、このことは被告人側主張の不合理性を物語るものである。
(5) 山野辺実の検察官に対する昭和三八年七月二日付、同月二九日付各供述調書において、同人が持込資産の存在を否定する供述をしていること。
第三検察側の主張に対する検討
そこで検察側の以上の論証の成否につき考えてみるに、
(1) 月別試算表(証第一〇〇号)について。
第一一、第一二、第一七回各公判調書中の証人山野辺実の各証言部分、第一五、第一八回公判調書中の証人山崎隆子の各証言部分、第三二回公判調書中の被告人の供述部分を総合すると、被告人は当時の取締役総務部長の山野辺実には、棚卸部門以外の経理を、専務取締役の山崎隆子には棚卸部門のそれをそれぞれ分掌させていたものであり、月別試算表(証第一〇〇号)は山野辺が被告人に経理を報告するために作成したものであるが、棚卸以外の部分については同人の責任であるから裏勘定分を正確に記載したが、棚卸の部分については山崎隆子の担当であったため、あるべき利益から逆算して公表すべき棚卸高を同女に知らせ、同女は棚卸を調査した原始記録から公表すべき分を調整した金額を山野辺に報告し、同人はそれをそのまま試算表に記載したにすぎず、同人自身も同表の棚卸高の記載については正確だとは思っていなかったこと、山崎隆子は独自に裏表を含めた棚卸高を被告人に報告していたことが認められる。従って前記月別試算表に持込棚卸資産の記載がないからといって直ちに持込資産がなかったものと速断することはできない。
(2) 企業診断書(証第一〇五号)については、その二五頁に「会社提供のデーターは粉飾されている点があるのでこの計算分析の結果からこの経営体の実体を判断するのは当を得ないところがある」旨が記載されており、被告会社が企業診断を受けるにあたり必らずしも正確なデーターを提供していなかったことが認められ、また、この企業診断を担当した伊藤栄一証人の第二〇回公判調書中の証言部分によれば、同人は、被告会社の原料、仕掛品については極めて少く計上されている旨述べており、企業診断書に記載されている棚卸高が不正確であることを自ら認めている。したがって上記伊藤栄一の証言部分をも併せ考えれば、企業診断書は持込資産が存在することの裏付けにこそなれ、不存在を立証するための証拠とはなし難い。
(3) 検察官主張の回転率について
回転率とは、通常次に示すように一定期間(普通は一年間)の売上高を分子とし、資本または資産の平均在高を分母として計算する。
<省略>
資産の平均在高が判らない場合にのみ期末在高を採用するのであるが、被告会社(もとより当時は個人企業であるが)は、昭和三二年当時においてもその業績を急激に伸展させていたのであって、このことは、第三二回公判調書中の被告人の供述部分、および企業診断書(証第一〇五号)からも明らかであるから、正確な回転率を求めるためには年平均棚卸高で検討すべきであるのに、検察側の主張する回転率算出にあたってはこの点が配慮されていないのみならず、検察側が業界の常識的数字と主張する年七回の回転ということがいかなる根拠から算出されたものか不明であるので、検察側の回転率に関する主張は説得力がない。
(4) 原価率からの検討について
原価率を算出する根拠となっている検察側主張の被告会社の原料の公表額の算出根拠が不明であるのみならず、被告主張額欄の額にしても弁護側の最終的な主張額とくい違っているうえ、減価償却費は当然製造原価に含まれるはずであるのに、これを含めないで算定しているので検察官の主張は必らずしも合理的なものとは断ぜられない。
(5) のみならず後記の弁護側の主張の当否を検討した結果明らかになるところであるが、
(イ) 第一期期首公表製品、半製品の棚卸高と期首の生産期間にみあう期間の製品売上高を比較すると持込資産の存在を肯定しなければ上記の売上高を上げることの説明がつかないこと。
(ロ) 証第四一号の一(貸借対照表)証第二一〇号(原料棚卸表)によって、昭和三五年七月末日現在の棚卸資産の総額が明らかとなるので、これに同年八月中の棚卸高の増減の修正(その詳細は後述する)を加えた結果同年八月末日(第二期末)において、少なくとも約四六〇〇万円の公表外棚卸資産が存在することが推認されるに至ったが、第一期、第二期を通じて公表外の仕入をしたという事実を認めるべき証拠は無いから、これは第一期期首の持込資産に由来するものであるとしか説明できないこと。の二点を併せ考えれば、数額はともかくとして、期首に相当額の持込資産が存在したことは否定できないところであり、持込資産が全く存しないとする検察官の主張は首肯できないところであって、山野辺実の上記検察官に対する各供述調書において、持込資産の存在を否定する旨の供述がなされているからといって、その供述が、当時、どの程度の資料的把握のもとになされたものかについては疑問をさしはさむ余地があり、その後の審理に顕われた客観的な各証拠と対比すれば、その証明力をその供述内容どおりとして評価することはできないところである。
第四弁護側の持込資産存在論の要旨およびその検討
弁護側は第一期期首において持込資産が存在した事実をつぎのようにして論証しようとする。
一
(1) 総勘定元帳(会社設立後)記載の売上と会社設立時の公表引継棚卸高の比較に関する弁護側の主張はつぎのとおりである。
山崎メリヤスは昭和三三年八月三一日限り個人営業を廃し、昭和三三年九月一日その有する棚卸資産を株式会社山崎メリヤスに譲渡したが、その公表引継高は
製品 189,000円
半製品 2,046,400
原料 11,580,296
副資材 671,665
仕入商品 6,014,150
合計 20,501,511円
である。
ところで、被告会社の第一期の総勘定元帳(証第一二〇号)の売上高を基礎とし、この中に含まれる仕入商品売上高(鑑定報告書別表Ⅰ、第二表商品売上高)を控除し、製品売上高を示せば
総売上高 商品売上高 差引製品売上高
昭和33年9月 18,279,559円 2,550,551円 15,729,008円
10月 17,295,863 2,703,584 14,592,279
11月 21,301,818 1,359,443 19,942,375
合計 56,877,240 6,613,578 50,263,662
となる。
メリヤス製品が受注に基づく多種少量生産で、しかも被告会社のように多くを外注加工に依存している企業形態の場合、生産日数は九〇日以上を要し、従って公表引継原料一二二五万一九六一円(副資材を含む)は上記三ケ月の売上高に関係が無く、残りの製品、半製品二二三万五四〇〇円のみが売上高に結びつくこととなる。いま仮りに公表引継半製品を完成品と仮定しても製品との合計は二二三万五四〇〇円に過ぎないが、若しこれを、通常考えられないことではあるが、仮りに二倍の価額で販売したと仮定しても、その売上高は四四七万八〇〇円に過ぎない。これを前記の被告会社の元帳に示めされた製品売上高と対比すれば、
元帳製品売上高 公表引継製品売上高
昭和33年9月 15,729,008円 4,470,800円
10月 14,592,279 0
11月 19,942,375 0
合計 50,263,662 4,470,800
以上の通り公表引継棚卸高による製品売上は四四七万八〇〇円で元帳売上高を実現することは不可能であるにも抱わらず上記五〇二六万三六六二円の売上高があることは、持込資産があったことを示すものであり、検察官の主張する如く、持込資産の存在を否定するならば、この売上が何によってもたらされたものであるかの説明ができない。
(2) そこで、以下弁護側の上記(1)の主張を証拠と対照して検討する。
第一期期首公表棚卸高合計二〇五〇万一五五一円およびその明細については元帳(証第一二〇号)(勘定科目商品)、所得税青色申告決算書(証第一〇二号)により明らかであり、また第一期期首三ケ月間の商品売上高は、鑑定報告書別表Ⅰ第二表によるものであるが、この月別商品売上高の按分計上方法は当公判廷で証拠調済の関係各証拠にもとづき、合理的な方法で算出されたものと認められる。(なお、弁護側は期中全体で一二四万五八六〇円だけ税務当局より少く売上高を計上し、鑑定報告書もこの点に関してはいづれが正しいかを判断することなく、弁護側の数字を採用しているが、売上高を少なく計上することは、前記(1)の弁護側の主張からみれば、弁護側にとって不利にこそなれ有利になることはないのでその主張の当否を判断するについてはこれを容認して差支えない。)
次に、弁護側は被告会社のメリヤス製品の生産日数を九〇日以上として前記(1)の議論を進めているので、その当否を検討すると、
当裁判所の検証調書(昭和四一年八月二日施行のもの)によれば被告会社のメリヤスの製造工程は、
1 営業資材活動(素材の研究決定、見本作成、原料仕入れ、染色等)
2 編み立て
3 リンキング(ミシンによる編地の縫合)
4 始末(袖口、裾口などを手でかかる)
5 カラロック(襟首がほつれないようにミシンをかける)
6 手編み、刺しゅう
7 テープ付け(釦をつける裏にテープを裏付する)
8 釦の穴あけ、ネーム付け、釦付け
9 検品、仕上げ
10 梱包、発送
の過程を経由するものであることが認められ、
以上に必要な日数を各下請人の証言により確定すればつぎのとおりである。
すなわち、
1 編み立て 一〇~三〇日 (証人須賀五郎に対する当裁判所の尋問調書)
2 リンキング 七~三〇日 (証人菅野トヨに対する当裁判所の尋問調書)
3 始末 七~一五日 (証人赤間きよ子に対する当裁判所の尋問調書)
4 手編み、刺しゅう 二五~三〇日 (証人大槻義勝に対する当裁判所の尋問調書)
5 カラロック、テープ付け、釦の穴あけ 一〇~六〇日(証人山野辺博に対する当裁判所の尋問調書)
6 釦つけ 一五~一六日 (証人菅野キヨ子に対する当裁判所の尋問調書)
7 ネームつけ 一〇日 (証人佐藤ヨシ子に対する当裁判所の尋問調書)
ということになっていて、
以上を合計すると必要生産日数は八四~一九一日となり、昭和三三年九月当時被告会社の編立外注関係を担当していた木村裕証人の第三一回公判調書中の証言部分によれば、
編立(滞留含む) 二〇日、 リンキング 二〇日、始末 一五日
カラロック 五~一〇日、 手編刺しゅう 二〇~三〇日
テープ付け 一四~二一日、 釦の穴あけ 二〇日
ネーム付け釦つけ 一四日、 検品 三~五日
というのであって、これによれば必要生産日数は一三一日~一五五日となり、さらに、第一八回公判調書中の証人山崎隆子の証言部分によれば必要生産日数は約三ケ月ということであって、生産必要日数が九〇日以上であるとする弁護側の主張は正当なものとして容認できるところであり、
以上検討したところによれば、弁護側主張の如く被告会社の第一期期首公表製品、半製品棚卸高をもってしては、前記総勘定元帳に示された期首三ケ月間の製品売上高を上げることの不可能であることはこれを十分首肯することができ、相当額の持込資産が存在したことはこれを否定することができない。
二
(1) 更に弁護側は、昭和三五年八月三〇日付貸借対照表(証第四一号の一)および原料棚卸表(証第二一〇号)により第二期末の棚卸高を算出し、公表外棚卸資産の存在を明らかにしてそれが持込資産に由来するものであることを論証しようとする。その主張の要旨は次のとおりである。
(イ) 昭和三五年八月三〇日付貸借対照表(証第四一号の一)の棚卸高以外の勘定科目は昭和三五年七月三一日の公表の元帳(証第一二号)の残高と一致していること、上記貸借対照表の棚卸高の内訳明細を示す棚卸表(証第二一〇号)の作成日付が八月五日付となっているものがあること等により上記貸借対照表は昭和三五年七月末日現在における公表の資産、負債の状態を明示しているものであり、又同表記載の棚卸高は被告会社所有の棚卸資産の総額を示しているものであって、上記棚卸表は八月五日に記載されたことが明らかである。
(ロ) 昭和三五年七月末現在における被告会社保有の棚卸資産の総額が明らかとなったが、これに基づく昭和三五年八月末(第二期末)現在の棚卸高算出の計算過程はつぎのとおりである。
(i) 計算のため必要な八月中におけるデーター
八月中の純売上高
八月中の売上高(証第一二号) 二九六四万七七七〇円
八月中の返品額(証第一二号)(証第一〇六号の三) 一〇〇万一二二〇
差引純売上高 二八六四万六五五〇円
(この売上高は製品、商品の合計額であって区分不可能)
八月中の原料購入高(証第一二号) 一八二七万五八九四
八月中の仕入高(証第一二号) 二四九万一九八二
八月中の外注工賃
八月中の証第一二号よりの外注工賃 一〇九八万五六三五
八月中の架空外注工賃 二六一万九九〇三
(佐藤カヨの昭和三七年一一月一九日付大蔵事務官に対する質問てん末書、証第二七、第二八、第二九号、佐藤弘子、大沼政則の大蔵事務官に対する各質問てん末書)
差引外注工賃 八三六万五七三二
八月中の工賃
八月中の証第一二号よりの工賃 一九四万二九二四
八月中の架空工賃(賞与)(証第三七、第一九号) 七八万一九六九
差引工賃 一一六万九五五
第二期における附加価値の総額(鑑定報告書P四二) 九〇一四万三八七四
(ii) 計算に用いる比率
a 原価率 八六点七パーセント
b 八月分の附加価値額
八月における附加価値額を正確に把握することは鑑定報告書三四頁において述べているように、製造経費と営業経費に分離することが、原価計算を行っていない為不可能であるので、鑑定報告書四二頁にある第二期の附加価値額の合計九〇一四万三八七四円の内、外注工賃および工賃以外の附加価値は、鑑定報告書において第二期の染色加工費比率の算定に用いた方法によって外注工賃と工賃の合計額で按分する。
(iii) 計算の結果
七月末における棚卸資産の総額一億三六七三万一、二四四円に対し
a 減少するもの
売上高 原価率
売上げによる製品、商品の減(28,646,550×0.867)
24,836,558円
明細表の合計の誤計算 19円
減少分の計 24,836,577 円-(A)
b 増加するもの
商品仕入高 2,491,982円
原料購入高 18,275,894円
附加価値額+減価償却費 12,495,048円
<省略>
増加分の計 33,262,924円-(B)
c 八月末棚卸高総額
136,731,244-(A)+(B)=145,157,591円
以上の総額の内、第二期末における公表金額は一億一〇七三万六三七四円であるから公表外棚卸資産は三四四二万一二一七円となるが、この公表外棚卸資産は、第一期期首における持込棚卸資産がなければ発生しないものである。すなわち、生産期間九〇日の場合、弁護人側が別に計算した第二期末公表外棚卸資産額は二六八二万四八一一円であって、上記公表外棚卸資産に近い金額であるが、その差額は鑑定報告書による計算においては製品、仕掛品のみを計算して商品、副資材、貯蔵品等の公表外については全く計算外としたための誤差であると判断するのが合理的かつ妥当なものと考える。又、弁護側の計算によると生産期間九〇日の場合第一期期首の持込資産額は五五九八万八六九二円である。以上の結果、証第四一号の一に基づいて計算した八月末公表外棚卸資産額の三四四二万一二一七円は生産期間九〇日の場合、製品、仕掛品だけで、第一期期首において五五〇〇万円程度の持込がなければ発生しないことを数字の上で物語っているものである。
(2) そこで、以下弁護側の(1)の主張を検討することにする。
昭和三五年八月三〇日付貸借対照表(証第四一号の一)はその作成日付が八月三〇日となってはいるものの、被告会社の昭和三四年度の元帳(証第一二号)と対照すると、棚卸高以外の勘定科目はそれぞれ昭和三五年七月三一日現在の元帳の残高と一致するか、もしくはそれに近い金額となっているうえ、上記貸借対照表の棚卸高の内訳明細を示す棚卸表(証第二一〇号)(これは検察側の昭和三八年検領第二三七号符号第五一〇番のもので、未提出の証拠物中から後になって発見されたものであり、その証拠価値に疑いをさしはさむ余地はないものと思われる)は作成日付のあるものについては八月五日付となっていることからして、上記貸借対照表に記載の棚卸高が昭和三五年七月末日現在の被告会社所有の棚卸資産の総額を示しているとする弁護側の主張は正当なものと認められる。
七月末日の棚卸高から、八月末日(第二期末)の棚卸高を推定計算する方法論自体は、八月中の棚卸高の増減を考慮したもので妥当であり、計算のため必要な八月中のデーターに関しても原料購入高を除き弁護側が示した前掲各証拠によってこれを認めることができる。
八月中の原料購入高については弁護側は元帳(証第一二号)記載の公表の数額をそのまま掲げているが、(1)被告会社の第三期の仕入帳(証第六九号)を検討すると蝶理(株)からの八月の原料購入でありながら第三期である昭和三五年一〇月三〇日の原料購入高として記載されているもの合計一一〇四万三七〇〇円があり、また(ii)第一三回公判調書中の証人原茂の証言部分によれば、当時被告会社と蝶理(株)との間では原料につき試験売買的な取引が行われていたことが認められ、被告会社の八月中の原料仕入高が必らずしも元帳通りではない可能性もあるので、当裁判所としては、八月中の原料購入高については
(i) 元帳(証第一二号)の額に第三期計上分一一〇四万三七〇〇円を戻して加算したもの
(ii) (i)の修正に加え蝶理(株)の売掛金元帳(証第一二九号)と対照して、これに計上されているが被告会社の仕入帳(証第一二六号)に計上されていないもの合計一二八六万二九五九円を計上元帳の額に加算したものの二通りの額を基礎として弁護側の計算を修正することにする。
次に弁護側が計算に用いた比率について検討を加えると、八月分の附加価値額については、外注工賃および工賃以外のものに関しては第二期全体のものを按分して求めているが、利用しうる資料からみて止むをえない措置として認容できる(この方法をとらないで、弁護側に一番不利に外注工賃および工賃以外の附加価値は無いものとしてもその差額は約三〇〇万円であり、以下の結論部分への影響は実質的に見て全くないと言って差支えない。)。
原価率を八六点七パーセントとしている点に関しては、これは第一期の対製品売上高原料糸費比率(染色加工費を含まない)を五四パーセントとし、それに対製品売上加工費比率三二点七パーセントを加えた数値であって(弁護側最終弁論要旨別紙綴別紙八の一諸比率表その一)、第一期の原価率であるが、被告会社は原価計算をしておらず、第二期の原価率が明らかでないので、弁護側としては比較的正確に算出された第一期の原価率を鑑定報告書の採る、使用比率の一貫性という方針に倣って第二期に準用しているようである。しかしながら後に検討する如く(第六、三、1、(3))第一期の原価率は八四点九パーセントとすべきものであるので、当裁判所としては第二期の原価率も八四点九パーセントとして弁護側の計算に修正を加えることとした。もっとも第一期の原価率を第二期のものとして使用するものであるから誤差を含んだ数値であるが、その誤差を仮りに五パーセントとしても第二期末棚卸高への影響は約一四〇万円程度の増減であるから結論部分への影響を考慮する必要はない。
以上の修正を弁護側の計算に加えた結集は次のとおりである。
(i)の場合 第二期末棚卸高総額 156,716,929円
〃 公表棚卸高(証第106号の7) 110,736,374
〃 公表棚卸高 45,980,555
(ii)の場合 第二期末棚卸高総額 169,579,888円
第二期末公表外棚卸高 58,843,514円
いずれにしても第二期末に約四六〇〇万円ないし五九〇〇万円程度の公表外棚卸資産の存在することが推認され第一期、第二期を通じて公表外の仕入をしたという事実を認めるべき証拠は無いから、これは第一期期首の持込資産に由来するとしか説明できないので、持込資産の存在は以上の検討によってもこれを肯定せざるを得ないところである。
第五本件各訴因が立証不充分であること。
以上第四で検討した如く、相当額の持込資産の存在が肯定されるに至ったうえは、持込資産の数額は、以上検討したかぎりの段階においては、必らずしも客観的に明確にされるまでには至っていないとはいえ、被告人主張相当額が存在する蓋然性が示されるに至ったことは明らかであって、本件各公訴事実が、既に述べた如く、持込資産が全く存しないことを大前提として主張されている以上、その数額いかんによっては、それが本件各訴因の逋脱所得の計算ひいては被告人の逋脱の犯意に大きな影響をもたらすことは明らかである。(犯意に関しては、実質的には被告人の個人の所有物である持込資産が、被告会社の生産販売過程に流れこんでしまった場合には、被告人は被告会社に対し、持込資産相当額の不当利得返還請求権を有する訳で、被告人がこれを回収する目的で、外形的には逋脱行為と目される売上脱漏、加工賃の水増等の行為を行ったとしても、一義的に逋脱の目的があったものとは断じがたいからである。
従って検察側としては、本件訴因全部につき犯罪の証明があったとするためには、単に外形的な逋脱行為の立証をなすに止まらず、具体的な被告人側の主張に鑑み、なお、実質的観点から事案の真相を明らかにすべく、持込資産の有無ないし数額およびそれの犯意に及ぼす影響等につき、さらに慎重な検討を加えるべきものであることは敢えて多言を要しないところであろう。
ところで弁護側は、前示第一のとおり、持込資産の存在を主軸とする積極的な主張を展開し、本件訴因の立証責任が全面的に検察官側にあることは刑事裁判上当然の原則であることを指摘しながらも、さらに進んで被告会社のデザイン帳(証第一三二~一三八号)に示された製品の品種別見積原価を利用し、みずから合理的であると信ずる推定計算によってほぼ被告人主張額相当の持込資産が第一期期首において存在することを立証しようと努力して来た訳であり、必然的に審理の重点もそこにおかれ、その過程において、弁護側の推定計算の結果(弁護側提出の「持込棚卸高についての補充陳述書」-以後、単に補充陳述書と略称する)に対し、その計算過程の論理性を検討することに重点をおいて鑑定がなされた。
当裁判所としては、弁護側から提出された証拠ならびに鑑定書等に示された方法論に則り、又は検察側がより合理的と信ずる証拠ならびに方法論に則り検察側が、さらに慎重な検討を加え適正かつ妥当な訴訟行為をとるべきものとし、審理を継続してきたものであるが、検察側に、第一期期首の公表の製品・半製品棚卸高と生産期間にみあう製品売上高の比較検討、ならびに、昭和三五年八月三〇日付貸借対照表(証第四一号の一)の分析検討が不十分であったためか(これらを虚心かつ慎重に検討すれば、既に第四で述べた如く、数額はともかくとしても持込資産の存在それ自体は証拠判断上これを承認せざるを得なかったのではないかと思われる)持込資産が全く存しないとする前提を変更することなく、持込資産額の推定計算につき弁護側がその根拠としたデザイン帳(証第一三二~一三八号)の信用性の弾劾に力を入れ、また弁護側の補充陳述書の推定計算に論難を加え(補充陳述書の計算は鑑定のなされる以前のものであり、弁護側は最終弁論においては原則的には鑑定報告書のとった方法論により生産期間は、証拠調の結果から九〇日~一二〇日として計算しており、検察側の論難の前提を欠くに至った部分が多い。)、さらに、資料的把握に疑いのある関係者の供述証拠の信憑性を力説するに止まったのである。しかしながら持込資産の存在それ自体は、既に第四で検討した如く動かし難い事実というべきものであるから、先にも述べたとおり、検察側としては、虚心坦懐かつ慎重に持込資産を検討し、その結果に基き、十分な資料的把握のもとに適正かつ妥当な措置を講ずべきものであったと思われる。検察側が弁護側の推定計算を不合理であると論難するのであれば、単に反論するに止まらず、自ら合理的と信ずる証拠および方法をもって事にあたるべきことは、本件のごとき計数関係を主要争点とする事案における供述証拠過大評価の危険性を考慮した場合、多く異論を見ないところであるにも拘わらず、検察側は、持込資産が全く存在しないとする主張を固持し、訴因の変更等による新たな観点からの主張、立証は、ついにこれをなすに至らなかったのみならず、弁護側の防禦方法に対する論難、反論も、資料的裏付が十分でないためもあって、概して説得力に欠けるものとなっていることは否定できないところであり、持込資産存在の高度の蓋然性が認められることについては、すでに検討し指摘したところであってみれば、「被告人が、被告会社から売上脱漏、加工賃の水増等の方法で持込資産相当額を回収し、それを架空名義の預金とした」という被告人の主張にそれ相当の説得力が認められないわけではなく、検察側の「持込資産は存在せず、被告会社成立後の架空名義の預金はすべて被告会社に帰属する」という前提から出発した本件各訴因に関する逋脱額および被告人の逋脱の犯意についての主張は、なお、そこに少からぬ疑問をさしはさむ余地があるものと言わざるを得ないところである。
以下、挙証責任に関する原則はともかくとして、弁護側のなした計算過程にあらためて検討を重ねることにより、当裁判所の本件訴因についての疑問の所以を敷延しておくこととする。
第六弁護側の持込資産の数額算出の要点、およびその検討(別紙Ⅰ、Ⅱ)
一 弁護側は当初補充陳述書により、デザイン帳(証第一三二~一三八号)を基礎として持込資産の数額を算出したが、後にその計算過程、発想等について鑑定がなされ、方法論的に若干の修正が示された(鑑定報告書)。しかしながらその後検察側の釈明要求により(昭和四三年六月二〇日付釈明事項書)弁護側がデザイン帳を再検討し、三三社売上分の製品に対応する使用糸種類が修正されたこと(昭和四三年一一月一六日付弁護側の回答書)または生産期間が鑑定書では五〇日と前提したのに対し、その後の証拠調の結果生産期間は九〇日以上であることが明らかになったので、弁護側は最終的な主張(最終弁論要旨、最終弁論補充説明書〔Ⅰ〕、およびその別紙綴)としては原則的に鑑定書で示された方法論、および前記の修正(製品と使用糸の結びつき、生産期間)に則って持込資産の算出を行った。
その方法、計算の過程およびその検討は次のとおりである。
なお、弁護側は生産期間を九〇日~一二〇日とし、九〇日と一二〇日の場合とに別けて計算しているが、前記第四の一で検討したところにより、最大一二〇日としても証拠判断上は許容されるところである。
二 持込資産を算出するにあたっては、被告会社は実際原価計算を行っておらず、デザイン帳によって製品の品種別見積原価の計算を行っているにすぎないので、第一期については公表の期首、期末棚卸高、および期中製品売上高分については、デザイン帳と製品の品種とを結びつけて、総て一旦原料糸費高に換算し、糸種類別に
公表期首糸換算棚卸高(A)+期中糸仕入高(B)-期中糸費消高(C)-公表期末糸換算棚卸高(D)
の等式に当てはめて、公表において期首に存在せず、または期中に仕入が無くて、しかも期中費消があり、または公表において期末に存在するもの(C+D-B-A)を公表外の期首持込分とし、公表において期首に存在し、または期中仕入があって、しかも期中費消が無く、または公表において期末に存在しないもの(A+B-C-D)を期末追加棚卸洩れ分として把握する。その集計の結果が最終弁論補充説明書〔Ⅰ〕の別紙綴六一頁修正後第十一表である。
そこで以下修正後第十一表作成までの過程を検討する。
修正後第十一表中の各科目と証拠との関係は以下のとおりである。
1 期首棚卸高-証第一〇二号-補充陳述書第九表五〇八~五〇九頁
(糸種類不明の製品、仕掛品の原料糸分は後に巾の問題として考慮されている。)
2 期中仕入高-入出金伝票、振替伝票、支払手形記入帳(証第一四七~一五三号、一六四~一七五号、一七六~一七九号)により「月別、仕入先別、商品原料別仕入明細元表」(補充陳述書四七七~五〇四頁)が作成され、これから「月別、原料糸種別仕入集計表(第八表)」(補充陳述書五〇六~五〇七頁)が作成され、これから第十一表の数額が出されている。なお染色加工料一二五一万五〇六〇円は糸種類不明分をも含め仕入高にその金額に応じて按分加算してある(鑑定報告書二七頁注二参照)。
昭和三三年一一月仕入分のうち、糸種類不明の六一〇万九七二〇円(五七〇万五〇五五円に染色加工費を加算)については、このうち五六二万七五四八円を糸種類不明の期中原料糸費消高五一七万七八一八円(これについては後に検討する)および糸種類不明の期末原料糸四四万九七三〇円と相殺し、残額は総てが糸種類不明の三四年八月仕入分と共に期中糸種類別仕入金額に按分配賦してある(鑑定報告書二八頁注三参照)。
3 期中原料糸費消高
入出金伝票、振替伝票、掛売上帳、補助簿、返品値引伝票、納品書、受取手形記入帳(証第一六四~一七五号、一三九~一六三号、一一二~一一八号、一八〇~一八三号)により「月別、取引先別、売上個別明細元表」(補充陳述書二~三五一頁)が作成され、これから「取引先別、月別、品名品番別売上集計表(第三表)」(補充陳述書三五八~四一三頁)が作成され、これによって各品名品番をデザイン帳(証第一三二~一三八号)と結びつけ、その原価計算内容に従って使用糸の種類、使用原単位(目付、量目)、および使用原料糸の単価にもとづいて品名、品番、月毎にその原料糸費消高を算出したのが「取引先別、月別、品名品番別原料費消高算出明細表」(修正第四表、最終弁論補充説明書〔Ⅰ〕の別紙綴一~五六頁)である(尚このデザイン帳による原料糸の単価は染色加工費含みの単価で算出してある)。これを集計したものが「修正後月別、原料別費消高集計表」(修正第五表、最終弁論補充説明書〔Ⅰ〕の別紙綴五七~五八頁)であり、これから上記第十一表の数類が出されている。
但し、使用糸種類不明分(弁護提出の「原料費消高の内不明分について」と題する書面にその内訳明細が記載されている。)五一七万七八一八円については「原料不明分」として、既に述べた如く昭和三三年一一月仕入分のうち糸種不明のものと相殺するという処理がなされている(裁判所注……これは第一九回公判調書中の弁護人の冒頭陳述の補充陳述書を参照すると、デザイン帳に引当てのない二割の分で、売上げは確実にあるが、使用原料糸の種類が判らないものである。にもかかわらず、原料費消高が上記「原料費消高の内不明分について」と題する書面に算出されているが、これは、デザイン帳の中の近似のものと結びつけて算出されたものと思われる。その合計は五一七万七八一八円であるが、後に述べるように、対製品売上高原料糸比率は五九点二パーセントであるから、使用糸不明分の売上高八六一万二八八〇円に五九点二パーセントを乗ずると五〇九万八八二五円となり、ほとんど一致するものと見て差支えないから、使用糸不明分を五一七万七八一八円として計上することは結論への影響はきわめて少いので容認されてさしつかえない)。
第一次更正分については売上金額七一七万三七〇〇円に対製品売上高原料糸費比率六一パーセントを乗じて算出し、期中原料糸費消高に按分配賦している(鑑定報告書二八頁注四参照)。糸種類不明の三三社以外への製品売上分九五九万一八一八円についてはやはり六一パーセントを乗じて按分配賦している(鑑定報告書二九頁注六)。(裁判所注-対製品売上高原料糸費比率は後に述べるように五九点二パーセントとすべきであるがその誤差は全体からみてわずかであり、本件結論への影響は全く無いので当裁判所もこの部分では修正を加えないことにする。)
4 期末棚卸高-証第一〇七号の一-補充陳述書第十表
製品、仕掛品についてはデザイン帳をもとに夫々の品番、品名毎に夫々の原料糸費を算出集計している。
(糸種類不明の製品、仕掛品一四〇三万六〇五二円については後に巾の問題として考慮されている。)以上により、修正第十一表の各科目の数額はそれぞれ前掲各証拠によって認めることができ、方法論についても、基本的には複式簿記的思考ないし経営分析的観点から合理的なものとして是認できるものであり、かつ、鑑定報告書指摘の修正物分に則って採られたものと認められるからその結果は容認すべきものである。
なお検察側はその論告要旨において修正第十一表作成の基礎となったデザイン帳(証第一三二~一三八号)について、それが、国税局の領置物の中に含まれていなかったことを論拠として、被告会社が国税局の査察調査を全く予想せず自己の脱税について何ら隠蔽工作を行っていない経常的営業状態下においては存在しなかったものであるとして、あたかもそれが公判段階に移ってから作為的に作成されたかの如く論難しているが、国税局の領置物の中に入っていなかったからといって直ちにかく論難しても、それは飛躍に失するうらみがあるばかりでなく、かえって、第三六回公判調書中の証人山野辺実、同佐藤タイ(一、二回)の証言部分および押収に係る手帳一冊(証第二〇一号-佐藤タイのもの)を総合すれば、問題のデザイン帳は、一旦他のおびただしい証拠物件とともに税務当局に押収され、その後、税務当局が不要として返戻してきた証拠物中に混っていたものであることを認めるに十分であり、また、当裁判所の検証調書(昭和四五年一月二四日施行のもの)によれば、同種のデザイン帳が昭和三七年三月から同四二年一二月までの各納期にわたって存在することが明らかで、デザイン帳なるものが被告会社の経営的営業状態において存在しないとする見解は、企業の実態から遊離するものとして当を得ないものと思われるうえに、問題にされていない証第一三二号ないし第一三八号のデザイン帳そのものの内容、記載の体裁から見ても、それが公判段階になってから何ぴとかによって故意に作られたものとは考えられないところであり、証人熊坂晴男、同山崎隆子に対する昭和四三年九月二四日および同年一一月一九日付各証人尋問調書により認められるように、当時被告会社に勤務していた担当者の筆跡になる部分もあり、また、それらの記載が他の掛売上帳、振替伝票等と複雑に関連していることも肯認できるのであって、到底、後日司直の追及を免かれるなどの意図のもとに作出しうるものとは認められないことなどを併せ考えればその証拠価値に疑問をさしはさむ余地は全くない。
次に、検察側は、その論告要旨において、弁護側の補充陳述書の計算について、
(1) 糸種類の転用があるのに転用がないとして計算してあること、
(2) 捨糸としての仕入は常識上ありえないこと、
(3) デザイン帳に記載されている原料糸の歩留りを幾らに見ているか不明であること、
(4) 被告会社の期首に旭化成のカシミロンの在庫がないはずなのに期首簿外棚卸高として、五二二万一〇二五円計上されていること、
等を論拠として、それが全く非合理的なものであり、採用に値しない旨述べているが、弁護側が最終的には補充陳述書の計算そのままを採用しているわけではないにしても、検察側の上記の主張は弁護側の最終的な主張としての前記修正第十一表の結果にも関係するので一言しておくと、第三九回公判における証人山崎隆子の証言によれば、糸種類間の転用ということはありえないこと、またセーターを編むためには、身頃とか、袖を別々に編んで、あとで縫い合せるが、その区切をつけるため捨糸が必要であり、従ってまたその仕入も当然あることが認められるから、検察側の上記(1)(2)の主張は失当であり、さらに原料糸の歩留りについては、それがあるというのであればその額を検察側で立証すべきものであり、それがなされていない以上、弁護側の計算を採用すべきものであろう。次にカシミロンの在庫の点であるが、弁護側は最終的にはカシミロンの第一期期首簿外棚卸高を二二八万七四五円としているのであって、第一三回公判調書中の証人府瀬川清蔵の証言部分によれば、被告会社は昭和三三年九月の展示会の時にカシミロンを使用したバルキーセーターを展示していたこと、また同調書中の証人原茂の証言部分によれば、被告会社は同年春から蝶理との間でカシミロンの取引を始めていたことが認められた第一期期首に被告会社にカシミロンの在庫があったことは確実であるから、検察側の上記論難はいずれも失当というほかはない。
修正第十一表集計の結果は次のとおりである。
第一期期首公表外の原料糸換算持込分 三九一九万三八七〇円
第一期期末公表外の原料糸換算追加洩れ分 四三四八万五三九一円
三 以上のようにして第一期における期首および期末につき、すべて原料糸(糸+染色加工料)を換算した公表外棚卸資産が求められたが、この中には完成品も仕掛品も含まれているはずであるから、その分については糸に換算した公表外棚卸高に、完成品、仕掛品としての工賃および経費が加算されなければならない。
弁護側の第一期期首の製品、仕掛品の持込分および第一期期末の公表外製品、仕掛品の額を算定するための方法は以下の通りである。
1 計算のために必要な諸比率、およびその根拠
(最終弁論要旨別紙綴別紙八の一、諸比率表、その一~その三)
生産期間九〇日の場合
(1) 〔対製品売上高染色加工費比率〕 七パーセント
<省略>
(鑑定報告書三二頁)
染色加工費 一二五一万五〇六〇円 (鑑定報告書三二頁)
第一期売上高 一億六二一三万五〇一二円 (鑑定報告書別表Ⅰ)
第一期期首九〇日間売上高 五三〇九万一七〇一円 ( 〃 )
第二期期首九〇日間売上高 七〇五九万七八一三円
その詳細は、弁護側最終弁論要旨別紙綴の別紙八の二の諸比率表その二等の補足説明書、補充陳述書五二七頁
第二期の総売上高 (証第一二号)
第二期の売上洩れ分 (第八回公判調書中の証人舟山正英、同佐々木美好、同武田義雄、同土田庄之助の各証言部分、証第三、第四、第五号)
商品売上原価 (証第一二号、第一〇七号の一、第一〇六の七)
<省略>
(2) 〔対製品売上高加工費(染色加工費含み)〕 三二、七パーセント
(鑑定報告書三三頁)
<省略>
加工費 五五七九万七三九六円 (鑑定報告書三五~三六頁)
その余については上記の証拠と同じ
<省略>
(3) 〔対製品売上高原料糸費比率(染色加工費含み)〕 六一、〇パーセント
(鑑定報告書三二頁)
裁判所注 これは鑑定報告書によれば、第一次更正分を含まない三三社製品売上高一億四五三六万九四九四円、それに含まれる原料糸費消高八八七〇万八六〇四円(補充陳述書第五表)との比率であるが、その後弁護側提出の昭和四三年一一月一六日付「昭和四三年六月二〇日付の検察官の補充陳述書とデザイン帳との結びつきについての釈明請求に関する弁護人の回答および上記補充陳述書第三表の一部訂正について」と題する書面、および最終弁論補充説明書〔Ⅰ〕の別紙綴修正第四表、修正第五表により原料糸費消高が変ってきているから、当然修正されなければならない。
当裁判所が修正した結果は次のとおりである。
<省略>
<省略>
(この結果第一期の原価率は59.2-7+32.7=84.9(%となる)
(4) 〔製品、仕掛品平均仕掛度〕 五〇パーセント
(鑑定報告書三一頁)
(5) 〔対製品売上高原料糸費(染色加工費を含まない)〕 五四、〇パーセント
(3)-(1)
(6) 〔原価率〕 八六、七パーセント
(2)+(5)
生産期間一二〇の場合(証拠関係については九〇日の場合と同じ)
(1) 六、五パーセント
(2) 三一、五パーセント
(3) 六一、〇パーセント
(4) 五〇 パーセント
(5) 五四、五パーセント
2(1) 期首から生産期間に対応する九〇~一二〇日間に売り上げた製品は期首において、製品もしくは半製品でなければならない。従って、この期間の製品売上高に対応する製品、半製品としての期首棚卸高を算出し、これから公表の期首製品、半製品を差引けば公表外の製品、半製品が算出される。
(イ) そのために、期首九〇日~一二〇日の製品売上高(A)に対製品売上高原料糸費(染色加工費含まない)比率を乗じて、一旦原料糸(染色加工費を含まない)(B)に換算する。
(ロ) 期首の棚卸は全部が完成品であった訳ではないから、その仕掛度を五〇パーセントとすると
<省略>
が期首に存在する製品、半製品の評価額の総額となる。
以上は、第一期首、期末の公表外棚卸資産計算のための共通の方法論である。
(鑑定報告書参照。 但し、鑑定報告書では、三六頁の(3)に示す通り期首製品仕掛品換算高の計算は
<省略>
で計算されていて対製品売上高染色加工比率/2が加えられていないが、昭和四三年二月一三日施行の証人尋問調書中の証人山岡伊三雄の証言部分で明らかのように製品、仕掛品の原料糸は常に染色されているのであるから、仕掛度は染色加工比率だけは一〇〇パーセントとし、さらに対製品売上高染色加工比率/2を加えた弁護側の計算は容認できる。
(2) 第一期期首持込原料糸(i)、および第一期末公表外原料糸(ii)の算出はつぎのとおりである。
(i)=期首持込糸換算分-期首90日~120日間製品売上高×対製品売上高原料糸費(染色加工費を含む)
(鑑定報告書37頁)
<省略>
(裁判所注 (i)に関しては、期首九〇~一二〇日に売上げた製品には、公表の製品、仕掛品が製品として売上げられたものが含まれているはずであるが、この算式では持込資産からだけ売上があったことになり、公表の製品、仕掛品を売価に還元した分だけ期首持込原料糸が少く算出されることになる。むしろ第一期末の算出方法と同じように持込製品、半製品を原料糸(染色加工費含み)に換算して期首持込糸換算分から差引く方法をとるべきであろう。
(ii)に関しては、鑑定報告書では期末の糸種類不明分の製品、仕掛品を一括して控除しているが、これは弁護側にとっては一層不利な計算であるから、この段階では考えないで後に幅の問題として処理しているのは妥当である。)
(3) 第一期期首において二二三万五四〇〇円同期末においては一四〇三万六〇五二円(原料費換算分一一五九万三四九八円)の糸種類不明製品、半製品があるので期首期末ともその巾を一一五九万三四九八円としこれを採用した場合(期首期末とも全部重複する場合)を上限、採用しない場合(全部重複しない場合)を下限として計算している。(最終弁論要旨二五六頁、但し原料糸換算分を一一七七万三六〇九円、又は一一七九万二八四円と誤記している。)
(裁判所注 弁護側は期首糸種類不明製品、半製品二二三万五四〇〇円を原料糸に換算していないが、これも換算すべきである。)
(4) 以上の結果を示したものが最終弁論補充説明書〔Ⅱ〕最終弁論要旨別紙第一期期首持込資産の計算の修正(別表一)、第一期期末公表外棚卸資産の修正(別表二)である。
(5) 以上は前掲各関係証拠に基づき、また「裁判所注」として示した部分以外は原則的に鑑定報告書の採用する方法論に基づいており、合理的妥当なものということができる。
当裁判所が指摘した修正すべき点を修正して計算した結果は別紙Ⅰ、Ⅱの通りである。
これによれば、第一期期首において、被告会社には、
生産期間90日の場合 57,155,750円~43,790,379円
生産期間120日の場合 58,985,219円~45,551,508円
の持込資産が存在することが確実である。
そしてそれが、第一期末には
生産期間90日の場合 49,346,249円~37,817,036円
生産期間120日の場合 53,111,832円~41,523,667円
の公表外棚卸資産として波及していることが明らかである。
第七証第四一号の一を利用した持込資産の算出(別紙Ⅱ、Ⅳ)
ところで、第四の2で検討したところにより、証第四一号の一を利用して第二期末の公表外を含めた棚卸高の総額が分かるから
期首棚卸高(A)=期中棚卸減少高(C)+期末棚卸高(D)-期中棚卸増加高(B)
の等式により、第二期期首(第一期期末)の棚卸高の総額、および第一期期首の棚卸高の総額を求めることが出来るはずである。その計算の過程および結果は別紙Ⅱ、Ⅳのとおりである。
(但し、原価率は第一期、第二期を通じて、第一期の八四、九パーセントを採用している。)
これによれば、第一期期首において、被告会社には
48,282,562円 又は 86,355,651円
(蝶理との関係で修正を加えた場合)
の持込資産が存在し、それが第一期末には
43,632,117円 又は 81,703,214円
(蝶理との関係で修正を加えた場合)
の公表外棚卸資産となって波及していることが認められる。
第八結論
第六、第七によって検討したところにより、推定計算に使用した諸比率による誤差を考慮に入れても、なお、被告人主張相当額の持込資産が存在した高度の蓋然性は十分肯定できるところであって、被告人が、被告会社から売上脱漏、加工賃の水増等の方法で持込資産相当額を回収し、それを架空名義の預金としたとする被告人主張の説得力は、検察側の論難にも拘わらず、これを否定減殺できないところとなったというべきであって、検察側の「持込資産は存在せず、被告会社成立後の約六〇〇〇万円の架空名義の預金はすべて被告会社に帰属する」という前提から出発した本件各訴因に関する逋脱額および被告人に逋脱の犯意があったとする主張は根底から覆えされ、結局前記丸忠問題を検討するまでもなく、本件訴因は証明の無かったことに帰するのであって、検察側が新たな観点からの主張、立証をなすことなく、持込資産不存在の前提を堅持する旨表明している以上、刑事訴訟法第三三六条後段により、被告人山崎利作、同株式会社山崎メリヤスに対し、それぞれ無罪の言渡をなすべきものである。
(裁判長裁判官 金末和雄 裁判官 関口亨 裁判官 石井彦寿)
別紙Ⅰ
第一期期首持込資産の計画
<省略>
別紙Ⅱ
第一期期末公表外棚卸資産
<省略>
別紙Ⅲ
第二期期首棚卸高の算出
<省略>
別紙Ⅳ
第一期期首棚卸高の算出
<省略>